わたしと『バーレスクダンス』のStory 2/3 ~始めたきっかけ~
始めたきっかけ
3.11の後、私は半年位またハリウッドにいきました。
そこで、初めてバーレスクのダンスクラスを受けました。その先生にもどはまりした私は、帰国するのが本当に嫌になりました。もっと、そのクラスをずっと毎日でも受けていたいと思いました。
しかし、現実的には、日本に帰らないといけなくなり、帰国してもバーレスクを続けたいと思い、必死でバーレスクを教えてくれるスタジオを探しました。けれど、バーレスクのレッスンやショーパブを見つけても、すべて、自分のイメージするバーレスクではありませんでした。レッスンは、振付が全部好きじゃなく、映画でみたバーレスクダンスの種類とは違っていました。
また、ショーパブも、ストリップクラブみたいだったり、キャバクラやクラブの延長のような仕上がりだったり、アイドルのショーみたいだったり、ギャル系の騒いだ雰囲気だったりと、まったくイメージと違いました。
私が求めていたのは、まさに映画に出てくるバーレスクラウンジのように、大人の雰囲気で、成熟した大人が楽しむ社交場で、成熟されたエンターテイメント性の高く、また、「品と色気が同時にある大人のダンスショー」でした。品のない色気は個人的に嫌いです。高貴なイメージでないとまったく興味が湧きません。またジャズファンクやヒップホップなどを長く続けていたダンス歴もあり、ダンスのかっこ良さ、芸術性なども兼ね備えていないと、まったく踊る気もでません。日本に帰ってきて自分が所属したいスタジオもお店もありませんでした。
そんな時、セクシー友達と話していたら、「自分で始めれば?」と軽く言われたのです。バーレスクをよく知らない自分が教えるのもどうかと思ったのですが、直感で「私にはそれが出来る」とすぐに思いました。それは、多分、似たダンスをハリウッドで何年もやっていて、十分に経験があり、自信が持てたからです。
早速帰国後、考えて1ヶ月も経たない内に、私はバーレスクレッスンを始めました。バーレスクダンスという言葉はまったく浸透していなかったので、あえて、バーレスクを一つのジャンルとしてレッスンを始めました。そこに需要があると踏んでいた私の読みは当たり、次から次へと問い合わせがありました。自分のダンスや考えに共感してくれる人が多く、今でもこうして続ける事が出来ています。教えていくと同時に、自分もバーレスクの事を勉強し、出来る事が日々増えています。
興味を持って、一歩を踏み出す事が、こんなに大事な事なのだと友人に教わりました。そして今ではヒップホップを何年も踊る気分になれず、すべての自分の興味はバーレスクへと移行しました。ちなみに私が初めて4年経った今では色んなスタジオでバーレスクレッスンが出来て人気を集めています。今では空前のダンスブームの日本でほとんどの子供がダンスをしている位の勢いですが、やはり自分がダンスを始めた時は、スタジオも少なく、ダンスをしている人もクラスに数人しかいませんでした。ダンスの楽しさが色んな人に理解をされてもらえてる事が昔では考えられない程で、嬉しい限りです。
わたしと『バーレスクダンス』のStory 3/3 ~これから~に続きます。